家庭教育について
「何でも好きな事をしなさい」
子供の頃、僕の将来について父はそれしか言わなかった。
ずっとそれだけを聞きながら、やはり父と同じ理系研究者しか
浮かぶことはなかった。だからそれしか言う必要がなかった
のかも知れない。
この言葉の本当の意味が分かったのは随分後になってからで、
本当は海外の一流大学がいいけど最低でも東大は出て、
好きな分野の研究者になりなさい、ということだったようだ。
いちばん安定した職業だということはよく言っていた。
一方で戦前生まれ、旧制高校の最後の卒業生である父は、
國への貢献、あるいは國を守るということを、少なくとも
家では一度も口にしなかったけれど、強く意識していた。
戦後まもなくフルブライト2期生としてミッドウェー経由で
渡米したのも、いつか雪辱を果たさんという思いであったと
雑誌の記事で読んだ。
直接には一度も言われなかったこのことは、むしろ僕には
あれこれ言われたことよりも強く印象づけられている。
それは日常の営みの隅々に埋め込まれていたのであろう。
家庭教育というのは、なかなか難しいものだ。