反物質流

たんものしちながれ

いま自分の周りで何が起きているかというと、教え方、学ばせ方というのが非常に発達してきている。自分がもっと若かった頃から、少し離れた所ではそういったものが徐々に生まれているのは窺えたが、身の回りにまでは到達しておらず、何か会得しようと思えば自分で何とかするしかなかった。それとて辞書すら簡単には手に入らなかった先人方からすれば、恵まれた環境ではあったのだろうけれど、同時代でも進んだ所にいる人達に比べると、随分と効率の悪い中で、まあ何とかやってきた。お陰で放置されてもそれなりに何とかなるのだけれど、その何とかするということ自体が何なのかは自分でもよく分からない。一方で周囲には、自分がやってきたのと同じような方法では、何とかならない人達が増えている。あるいは環境がそんな悠長なことは許さない。だから手取り足取り教えてやらねばならない。一方こちらは、そのつもりはあるのだけれど、自分がそうされていないから、どうしてやったらいいのかわからない。要するに、自分が会得したもの、会得する方法、そして自分自身、三つまとめてお役御免といったところか。ま、幸い放っておかれるのには慣れているので、適当にやっときますけど。