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反物質流

たんものしちながれ

ファスト文化と履歴書

手書きの履歴書の是非がまた話題になっているようですが。

時間もないので余計なことはあまり書きませんが、

履歴書に何を求めるかというのは、とりもなおさず
どのように遇されるべき人を求めているか、であろうと
僕はそのように考えます。

従業員って何に近いかなと思って、何となく家具だな、と。

うちには大して上等なわけでもない上に、正直少々持て余す
デカい家具がいくつかあって、僕が子供の頃につけた傷と
倅がさらに重ねた傷がついていたりして、綺麗でもない。

もともとドレッサーだったのがデスクになったりチェストに
なったりしながら、幾度の引越しを堪え使い続けられている。

もっと扱いやすい小ましな家具が廉価で手に入る。
引越す時は惜しむこと無く廃棄して、移った先にぴったりの
新しい家具を、都度買い換える方が合理的なのかも知れない。

手書きとか要らねーよ」っていうのは、こっちも其の程度
だからそっちもそんな所に余計な手間かけなくていいよって、
そんな風に聞こえるんですよね。

あるいは自分自身の人生さえ、そんな風に捉えているとか。
生き方はそれぞれですからお好きな様にとは思いますが
いくら資産があってもなんだか満たされてない感じの人には
何となく気の毒だな、って思うわけです。

余計なお世話でしょうが。

人材市場もますます二極化が進むでしょう。

彼我を分かつものは何なのか。

僕はそういう所なんじゃないかと思うわけです。

厄年を終えた今、そう思うわけですが。